
日本人と文化について、外国から見てみる。(3点)
日本文学に詳しい、ドナルド・キーンと司馬遼太郎の対談です。 主に江戸時代、近世の日本についてオランダを含め外国から見た 文化、慣習について書かれています。◆エッセンス ・日本は、中国や朝鮮と違って科挙の制度がなかった。科挙の制 度があると、特別な才能のあるものだけが本を読むようになりが ちである。日本の場合、番頭になるために一般の庶民も字を習い、 本を読むという習慣ができた。そのため、当時の日本の識字率が 非常に高かった。 ・日本語の場合は、はっきりしている言葉は日本語ではないとい えます(キーン p.162)。 ・神道は、たとえば「死んだらどうなりますか」という問いへの 答えはありません(司馬 p.164)。 ・日本の場合、基本的に神道的なものがあって、清浄こそこの世 の最高価値で、もっとも尊いと思っている(司馬 p.179)日本 の拭き掃除という清潔な習慣について言及している。 ・日本人は、中学から大学まで英語を学んでいるのに、ろくに話 せない。(中略)英語化の人だけは、自分の英語を他の人に聞か れたら、中学から習っているのにあの程度だと思われるのではな いか、と恥ずかしがる。モンゴル語とかロシア語の人は、生まれ て始めてその言葉を習うから、間違いを平気で喋りますが、英語 科の学生だけはそれができない。 私も今は中国語を話しますが、2年前は一言も話せませんでし た。これは、話すことに対するコンプレックスがなかったことが 大きかったです。話せなくて当然、だって勉強したことがないん ですから。そのため、間違いを恐れず話すことができたのが大 きな原因です。 司馬遼太郎は、明治時代の知識人層の日本人の英語力が非常に 高かったと書いてあります。それは、外国から学ぶ必要があった からと書いてあります。必要は発明の母というわけです。 ◆私が中国語が話せるようになったわけ。 1.中国語を話すことにコンプレックスがない。 (できなくて当然。英語は間違えたら、どうしようと躊躇する) 2.同じアジア人なので親しみが持てる。 (欧米人はどうしても、コンプレックスを感じてしまう) 3.毎週、毎日確かに勉強をしていた。 4.実際に生活・仕事の場で使う必要があった。 5.中国人の友達がいる。 |