
男が読んでも(4点)
ファンなので、勢いでこんなのまで読んでしまった。
<『美人画報』という連載は私にとって挑戦でありました。まずは苦手な文章…しかもエッセイ。常日頃から、「文章のプロじゃない人が気軽に書いたエッセイ」というものがイカんのではないか!?と思っていたのに自分が…。それも苦手としているもので原稿料などをいただいて良いのだろうか!!いや、まずいだろう!
でも、依頼してくれた担当の小林さんには、かつて他紙でカラーの4ページを落とすという大ポカを許してもらったという借りがあり、次に仕事きたらちょっと断れないという、自業自得の理由があったのです。>
と、あとがきにある。書きぶりから、実話だと思う。こんな理由で、こんな本(合計三冊も!!)出してしまう綱渡りな感じが好感度高い。漫画家という職業柄世間知らずのようでいて、ぎりぎりのところでこういう俗っぽい義理人情に敏感なのは、安野モヨコの根がミーハーで俗っぽいからだろうか。そういえば、漫画の登場人物たちも型破りなようでいてわりと義理人情に篤い。
漫画のテンションはエッセイでも変わっていないので、安野モヨコの漫画が好きだったら、男が読んでも(多分女性読者とは違った視点も含みつつ)興味深く読める。
売れますね!でも異端は排除(2点)
まず、漫画のひとである著者に苦言を呈しても見当違いなのは重々承知ながら、読みづらい文章のため、体調がいい時を選んで章ごとに読むようにしました。主述の関係、敬体と常用の混交、多すぎる体言止め、そして共犯者たる読者を想定しているためか、著者が「思った」ことについて、説明のない部分を補足しながら読む必要があったため、読解能力の劣る自分の脳が疲労に耐えなかったためです。故に、頭の体操には役立ちました。 例えば、本文20P「あ、あと思った、男に対する意識がナイのは、あんまり美しくないってことっスよ。やっぱ。」という文章の後、「『見る人』の存在があって、しかも『カワイク見られたい』とゆう正直で実用的で楽しい意識があるワケで。」と著者の好きな雑誌「JJ」のスタイリングを賞賛しています。この中で「見る人」というのは「関心のある男性」であり、その相手から有形無形の優遇が受けられる可能性の高い状態に自分の外形を整えることは、自分の気分を高揚させ、自己愛も満足させられる、ということが書いてあるのでしょう。従って、そういうチャンスを逸することに対する怖れを持たずに、自分の尺度だけで衣服を決定できる人間は、異端だ、と語っているわけです。数行でここまで読み解く労力を使わないと、著者の文章は理解できません。 しかし、生来の美人というのは希少種ゆえ「美人」であり、その意味では異端です。労少なくして男性からの注目を浴びることもあるでしょう。ミバを良くしてあわよくばモテたい、有形無形の利益を得られるポジションを目指している努力家の自分はケナゲでとっても好き、と思っている大多数の人々のための本です。だから売れるのね。 著者がこの本で晒している近影より、最近の方がミバが良くなったことはいうまでもありませんが、資本投下と労力以上に「売れた」自信が目の力とともに表情に出ているのだと思います。
女子の楽しみ。(5点)
出かけるときの身支度。まず服を選び、それに合うインナーを出し、化粧をし、アクセサリボックスの前でまた悩み、香水を一吹きして、玄関まで辿りついたと思ったら今度は靴。この「身支度」が億劫だと思う日がある。気持ち沈みがちなときは特に。必要に応じて、髪やムダ毛にも手をいれる。ときには出かける数時間も前から身支度を始めている。かなり気力のいる作業だ。そんな面倒ならやめろ、と云われてもやめられない。実際、どうも決まらない日は、速攻帰りたくなるし。 女と生まれたからにはキレイを目指す。安野さんの尽きることのないパワーに煽られて、喝をいれてくれる本書は、そんな元気のないときのドリンク剤。外見を取り繕うってことだけでなく、女であることをとことん楽しんでいる彼女は、女であることを受容し、肯定して生きている、そこに励まされるのだ。 |