
言葉の面白さも発見出来る空想カタログ(4点)
『思う壺』や『語り草』、『一本槍』など
実在しない、表現でしかないはずのモノたち
のカタログで御座います。
今まで欲しくても手に入らなかった
この品、その品、あんな品まで一挙に公開。
嗚呼、でも残念な事には
この本に発注先が載せられてはいないのであります。
みんなが知っているものを形にするだけで、こんなにも面白い(5点)
どこかで聞いたことのある言葉を、実際に形にするだけで
物凄い新鮮味を感じてしまうから不思議です。
そして中身を読んでみると、クスッと笑える面白さが随所にあります。
あえて細かい説明はしませんが、もし見かけたら立ち読んでみて下さい。
その面白さにハマること請け合いです。
人生には、こういう買物も必要です。(4点)
言葉では使っていても、見たり、手にしたりしたことはないもの。それを具体的に商品化してしまった、その販売用宣伝文集、という体裁でしょうか。品物は「堪忍袋の緒」「左うちわ」「転ばぬ先の杖」などなど。。。 「堪忍袋の緒」はしょっちゅうきれそうなので、確かにスペアがあったらありがたいですよね。「おかんむり」もほんとに頭に載せていたら、怒りも形を変えてくれそうな気がします。 商品の紹介に付けられたピリッとした説明だけでも心に残り、いろいろ思い出したりして、カタログ・ショッピングだけでもいい気分になったり、考えたりできます。例えば「先輩風」で、こういわれるだけでなんだかどきどきしてしまいました: 「自分の意志とは無関係に、かならずあなたはなんらかの「先輩」になります。」 「人は誰もが「先輩」ではありますが、同じように、人は誰もが「後輩」でもあるからです。」 「あったら欲しい、見るだけでも見てみたい」と思うのものばかりですが、こういう言葉そのものがもしかして「絶滅の危機」にあるのではないかと、心配でもあります。「堪忍袋の緒」の「緒」がわからなくなってしまったら言葉そのものが通じませんものね。「下駄」や「鼻緒」まで一緒に扱ってもらわなくてはならなくなるのでしょうか。 博物館に入れないで、こういう物たちを楽しく活かしておきたいものです。お店の皆さんには頑張っていただかなければ。 昔買った、「おかしな道具のカタログ」(ジャック・カレルマン著、PARCO出版1977。今検索しても出てこない。)のような、あるいは福田繁雄のトリックアートや像を、文字で見ているような気分を思い出しました。嘘のような、ほんとのような、こういう気分になることが時には必要、と思ってしまう本です。 |